歴史の見方

歴史の見方に唯物史観というのがある.社会主義国で実施された歴史観で、中国などもこれに沿った歴史認識である.
分かりやすく言うと、我々日本の歴史授業では、○○年から○○年までは将軍○○が支配した..などと支配者の名前や事実認識の確認が主だが、唯物史観的には、民衆は○○年から○○年まで◯○将軍の圧制に苦しみ、抵抗した..などとなる.
歴史事実での主人公が見事に入れ替わる.唯物史観の主人公は、あくまでも民衆、労働者であり、民衆と支配層との闘争が歴史であり、それが現代史にまで影響していると言う流れを説明する.中国から見ると、日本の敗戦は喜ばしいことで、民衆が民衆を苦しめた天皇制から開放されたとなる.まー、そう解釈してくれてもいいだろう.日本人の中にもそう捕らえる人もいる.
彼らの見方から行くと、天皇に忠誠を誓った戦死軍属に敬意を払う小泉首相は、日本の民衆にも、当然中国の民衆にも敵対行為にしか見えないと言う判断になる.
ましてや唯物論が支配する国では、観念的な人の思いなどは否定され、当然宗教も否定される.
しかし、そもそも日本人の宗教観はあいまいであり、その曖昧さが日本の美徳でもある.
さりげなく神社やお寺で頭を下げる.クリスマスも祝う.宗教と言うより 亡くなった方や万物への思い であろう.中国ではここの部分がどうしても理解できないようである.日本人の宗教観、漠然と曖昧な、つかみ所が無い様でいて、広く日本人に共通している.実はこの曖昧さが日本を育ててきた.物事を厳格に色分けしたり、線引きしたりしないから、日本には、日本人同士が戦った思想がぶつかり合う革命や宗教戦争がほとんどない.オジの祖母などは世界中の宗教を受け入れていた.亡くなれば生前の罪に関係なく、万物全て神、仏になると言うのが、日本人の思い.大多数の人が、亡くなれば戒名を持つのに、生前は仏教徒の自覚はないし、それで別に日常生活に支障はない.国教がキリスト教やイスラム教の国では、礼拝や寄付が義務付けられている.それらの国から見れば、この国のまとまり方は不思議にしか見えない.全ての答えは、日本人が共通な曖昧さを共有しているからに他ならない.
私たち曖昧な美徳を持つ国民としては、首相が参拝しようが、しまいが、どちらでもよく、もし、戦没者に対し個人的に敬意の念が強いのであれば参拝すればいいだけの話である.
首相のこだわりも分かる.日本になじまない、他国の価値観である唯物史観で文句言われても、日本の首相という立場では屈するわけには行かないだろう.イデオロギーと面子がぶつかっている.
大国のイデオロギーを個人の思いにまで拡散する方が、なんとなく横暴のような気がする.偶然、その個人が首相になってしまっただけの話である.
オジは日本人.結局は、参拝するとかしないとか、どっちでもいいんだよな..という曖昧さを自分の中で何の矛盾も疑問も無く処理できてしまう.日本人だからである.
多分、貴方もそうではないだろうか?ならば、貴方も立派に日本人の美徳を持っている.

6 Comments

  1. なつ*さゆり
    Posted 2006年7月1日 at 11:14 AM | Permalink | 返信

    唯物史観、ちょっと恐ろしいなぁ。なんでも否定的に捉えるというか。
    個人で参拝する分は気にならないですが、公に総理大臣をして参拝するのはどうかなぁ、とも思いました。参拝のために国民の税金を使っているか否か(^^;)参拝にかかる費用は自分の懐から出してくれていたのかなぁ・・・??

  2. 尚(仮名)
    Posted 2006年7月1日 at 12:49 PM | Permalink | 返信

    確かに、日本人の曖昧さはYESかNOでのみ物事を考える国の方たちには分からないでしょうね。
    その曖昧さが世界から見ると事なかれ主義の自分の意思を持たない民族性に見えてしまうのかも知れませんね。
     
    宮間もさゆりさん同様、小泉さんがどこで参拝しようが気になりませんが、公的に参拝する意味がわかりません。
    どうしても参拝したいのなら、私的に行ってほしいです。
    民族・宗教関係無く故人の冥福を祈るのなら、それは公的ではなく私的のはず。
    「心を新たに、戦争と言うものはあったはならないと強く感じる」のは、公的ではなく、私的感情のハズだからです。
    戦争を望む人間は誰一人として、いないのですから。

  3. ☆LEON☆
    Posted 2006年7月1日 at 3:46 PM | Permalink | 返信

    曖昧さは確かに日本人を支えていると思います。
    だって イエスかノーでしか答えてはいけないとなると 本当に困ってしまいます。
    だって どうだってどっちだって良いことのほうが多いんですもの。
     
    ただ 小泉首相は首相として毅然と他国に対しては振舞ってほしいです。
    内容はどちらでも良いんですが(日本人らしいでしょ!)他国を気にするほどのことではないように感じてしまいます。そんなことで右往左往する国もどうかと思うし そんなことを政治的に使う政府もいかがなものか? 所詮その程度ってこと。
     
    ただ その程度が外交に及ぼす影響もあるのでしょう・・・(困)

  4. 九州のじい様
    Posted 2006年7月1日 at 7:35 PM | Permalink | 返信

    コンー昨日は 有難う御座いました 靖国問題 他国の支配 間違いでは
    無いですか もし 逆 だつたら どの様に 成るでしようか
    国民 心の統一に国主の参拝は 有意義 でわ
     
     
     

  5. 真美
    Posted 2006年7月2日 at 4:04 AM | Permalink | 返信

    こんにちわ LEONママのとこから飛んできました。
     
    靖国参拝・・・ あたしは 日本の総理大臣として 日本の歴史が転換した日に 行かれるというのは 間違いじゃないような気がします。
    あれが 神様だから云々 といいますが 日本って もともと神道・・ 死んだら神様になる って宗教もあったでしょ? あれは 一種お墓・・・・ ではないんでしょうか・・・
    過去への反省がないものは 前進も修復もできないわけで それを 外からヤイヤイ言う方がどうか と思うんですが。。。
    ま たいしたイデオロギーがあるわけじゃないので 反論されると感情的になってしまうかも・・・
    んーー もしかしたら 今の中国・韓国からのバッシングに 意味のわからん弁解や 抜き打ち参拝してる小泉さん って その程度の意識なのかなぁ。。。

  6. Kumiko
    Posted 2006年7月3日 at 3:38 AM | Permalink | 返信

    曖昧だから平和でいられるんでしょうね。
    外交上好ましくない行為をするなら
    ポリシーをもってほしいですね。

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