映画 父親たちの星条旗 裏話

y1p4PBVTcjgezAk-wGmZaaSnAC-nVz4VlZTbsNamsPX1boljgcM_sErfodArN3QZx8o3Uu8VMfuOOw y1pC1EDo9_C3R92av53JYTZrG7Qi8Gg-5AoE4-mcXEPSO5dk-pO5lq4uGcEv6PRJrd7Ne1oZemqQMI  まだ見ていないが,クリントイーストウッドの映画「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」2部作(監督:クリントイーストウッド.製作:スティーブンスピルバーグ)が話題になっている.硫黄島戦記を読み直したりで,裏話めいたものも知ることになった.イーストウッドは用心棒シリーズから大好きな俳優ですが,何がすごいって60歳になってからの活躍がすごい.今いくつかと思ったら76歳ですよ.脱帽ですね!当初予算90億円でスタートした際,イーストウッドは「“Everything has to look as real as possible,”(全てを可能な限りリアルに再現する)」と言っている.気になるのがどこでロケをしたのかということ.遺品や残骸,遺骨の残る硫黄島では不可能である.距離的にも遠すぎるし監督自身,ここは聖地だと理解しているから戦争の再現はためらったのだろう.当時75歳の監督は硫黄島にも足を運び,司令室も覗いているが,問題は独特の海岸線.砂が火山性の岩のために真っ黒である.(写真,白波が見えるのが硫黄島の海岸線)どうやら,映画「プラベートライアン」(監督;スピルバーグ)でも使用された北大西洋のアイスランドでロケをしたようだ.(もう一枚の暗い感じの海岸線がアイスランド.このどこかで..)情報の出所はこのエキストラを派遣したアメリカの会社のスケジュールから..こんな情報も手に入る世の中が怖い感じ.本物の戦車や上陸用舟艇がイギリスやアメリカから送り込まれている.(その後ロケ地に関しては映画クレジットにアイスランドと記載ありと判明)y1p30tjkSuwzTPrZzySINj8kYmuJAJyknqA_722JO3PQx8z12PBFXSfY1etqPRod5ZkAfduvRnq5eE6QwrMEA1toPX1OjZV3_I4Qkk

日本の著書「17歳の硫黄島」から隠れた史実として,有名な星条旗がすり鉢山に上がったあと,2回も日本兵が闇に乗じて取り替えた話が載っている.米軍がすり鉢山を制圧し星条旗を立てたのが1945年3月23日.翌朝には日の丸に変えられ,2回目は3月25日早朝,時間的には栗林兵団長以下数百名のすり鉢山守備隊残存兵が総攻撃で玉砕した26日の前日であろう.島全体2m四方に一発の砲弾が打ち込まれ,それ以上に,山の形が変わったと言われるすり鉢山で旗を取り替えた日本兵がいた.水も食料も無く50度に近い地熱と硫黄ガスの中,ほとんど精神力だけの行動だったろう.2回目の日の丸は,粗末な白色の布に血で染めた様な茶色の丸がついていたと記録されている.その後再び日の丸は揚がらなかった.切り込みにいけないものは自爆し,日本兵21000人のうち,生存1023人(ほとんどが重病兵).米軍の硫黄島全島の掃討作戦はその後6月末まで行われたが,その後もゲリラ的な攻撃は続き最後の日本兵2名の投降は終戦(1945年8月15日)の4年後の1949年1月1日と記録がある.(2名のうち蔭山光雄氏は1951年5月8日に硫黄島を訪ね,すり鉢山から太平洋へ投身自殺) 所詮戦争とは残酷で非道なもので決して美化される物ではない.

ついでに,不思議な名前のクリントイーストウッドClint Eastwood これは,懐かしい西部劇と読めるOld Action West の文字を入れ替えて作った(アナグラム)ということです.寡黙で,自分の映画にさえコメントしない彼が10月9日のアメリカでの試写会にスピルバーグと現れ,自ら多くの人にアピールしたことはマスコミで異例なことと報道されている.「..の手紙」は当初日本人の監督の予定だったが,自ら監督することに意欲を示し,彼のこの作品への意気込みが分かる.

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