かすかな歌謡曲の記憶

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昔は歌謡曲が全盛だった。小学生にもなら無いころ、いつもラジオがつけっぱなしで自然に歌謡曲が耳に残っている。耳に残ってい る歌謡曲をたどればだいたい三橋美智也の歌だったようだ。

わたーしゃ 真室川のうぐいすよ~ で始まる「真室川音頭」、わらにまみれてヨー 育てた栗毛今日は買われては「達者でナ」、両手をまわして 帰ろう 揺れながら 涙の中を ~は「星屑の街」、おぼえているかい 故郷の村を~は「りんご村から」、おいらはナァ 生まれながらの 炭坑夫 は「おいら炭鉱夫」、夕焼け空が まっかっかとんびがぐるりと 輪をかいたは「夕焼けとんび」、春日八郎の 粋な黒塀 見越しの松に あだな姿の洗い髪は「お富さん」、なんかもしっかり記憶に残っている。

その後がまったくなくて、いきなり 石原裕次郎の オイラはドラマー~なんてメロディーがなぜかでてきて、船木一夫の「高校3年生」になっていくが、この辺になると仲間と歌った記憶だろう。そのあとにグループサウンズが全盛期になり、フォークブームにつながっていく。「帰ってきたヨッパライ」なんか懐かしい。「神田川」のころにはもう日本を出ていた。

振りかえれば、まだTVなんかなかったころの記憶がすさまじくはっきりしている。不思議なくらいで、恐らく一番記憶力が旺盛だったのだろう。時期的には4歳か5歳前後だな。この時期の脳の吸収力が如何ににすごいか今になって分かる。戦後もずーっとNHKラジオは戦地から帰った抑留者の名前を読み上げていた。「満州開拓団◯◯隊に所属していた◯◯さんをご存知の方~」そんな名前の読み上げを意味もわからず聞き流していたのも記憶にある。

吹けば飛ぶような将棋の駒をの「王将」などは、流行った当時の日本人で知らない人はいないだろう。最近の人にはこんな誰でも知っているメロディーというのが無いような気がする。「こんにちは赤ちゃん」とか「上を向いて歩こう」みたいな歌が一曲くらい在ってもいいと思うのだが、、そんな歌はもう出てこないのだろうか、、。ちなみに、三橋美智也さんは北海道の出身だった。

3 Comments

  1. 案山子
    Posted 2008年12月26日 at 6:33 PM | Permalink | 返信

    歳が 理解 出来ますね 今 知らない 人が おおいい

  2. のび子
    Posted 2008年12月27日 at 4:19 PM | Permalink | 返信

    みさも知ってるのだ

  3. kako
    Posted 2008年12月28日 at 12:48 PM | Permalink | 返信

     確かに カラオケ楽しんでると 最近の曲、思い出に残って 歌える曲ってないわーーー  

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