パキスタン軍の作戦は失敗?

20095271748297580_8 パキスタン情勢は泥沼化し始めた。北西部のラホール、ペシャワールなどで頻繁に自爆テロや自動車爆弾の攻撃が発生し、多数の死者が出ている。27日のラホールでの自動車爆弾は大型で、写真を見ると大型の空爆用の爆弾ほどの威力があり、狙われた警察施設を含む一町角が吹き飛んでいる。死者は最低でも30名、負傷者数百名。他の北西部の都市では爆弾テロと同時にパキスタンタリバンと見られる一団が武装トラックで市内に突入し銃を乱射、数名が逮捕されている。主に狙われているのは市内の警察施設や情報部が入っている施設で、ほとんどが商業地区にあり被害が大きい。

こんなことが北西部スワット地区だけでなく、州都ペシャワール、首都イスラマバード、各地方都市で連日発生している状態で、少なくても北西部の国民はパキスタン政府へ不満を募らせている。タリバン側の思惑通りということだろう。

Ci090529114842 WAT地区の都市 MINGORA などでは、市民は撤退し街はもぬけの殻で、政府軍は勝利宣言をするが、これはテロ組織のいつものパターンで、政府軍の攻撃が手薄になるのを待っているだけだ。山間部の幹線道路沿いの峰峯には、政府軍がヘリで輸送した兵員が陣地を構築しているが、それでも恐らく多くの軍事車両が攻撃されるだろう。状況を見る限り、部隊単位の全滅を恐れてパキスタン軍の作戦は及び腰だ。目の前の収穫時期に、200万人以上という避難民の一部は戦闘地帯に無理やり戻りつつある。途中経過だが、この戦争はパキスタン軍の失敗にしか見えない。写真は、完全に吹き飛んだラホールの警察施設。左は難民キャンプで支給されたナンをかかえる少女。

もともと、インドとの紛争を想定したパキスタン軍には、同じイスラムのタリバンとの戦闘をよく思わないものが多く、米国寄りの政府を支援目的と非難するものがいる。軍事機密保持のためか、米軍の参加を拒むパキスタンに対し、米国議会も懐疑的になりつつある。しかし、今でこそタリバンを責める米国にも隠れた歴史があり、1979年当時、アフガンのタリバン政権打倒を目指し乗り込んだソビエト軍に対抗するタリバンに対して、米国はパキスタン経由でタリバンへ武器支援したことがある。今となっては、すっかり歴史に埋もれた事実だが、、、。

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One Comment

  1. ヨリババ
    Posted 2009年5月30日 at 10:18 AM | Permalink | 返信する

     そうですよね、ここだけの問題だけでなく、いろんな紛争において、大国が行なった武器の援助・ゲリラ養成・資金援助が今となっては仇となっているように思います。

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