2009.10.22 難民流出 と民族分布 パキスタン アフガン

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  パキスタン軍Pakistani militaryが総攻撃するパキスタン北西部南ワジリスタンSouth Waziristanからはすでに15万人が避難し、ここ数週間で更に20万人規模の避難民が発生すると言われている。タリバン(パシュトン人Pashtun)、残存TTPパキスタンタリバン)、潜伏するアルカイーダ(千人ほどのウズベク人Uzbek 、アラブ人Arab含む)は1万人ほどと言われ、パキスタン軍は増員されて現在約3万8千人規模で地上戦、昼夜の砲撃を続けている。タリバンが弱体化した時点で地上から再度総攻撃をするのではないだろうか?現在も毎日数千人が避難していると言うから、パキスタン側が南タジリスタンの制圧を前に避難勧告を出しているのだろう。22日に投稿された避難する住民の様子はこの動画で 包囲されたTTPに対し、アフガン側からタリバンの支援兵士が移動している情報もある。避難先は図の中のDera Ismael Khimageshakimullahan。国連の国際連合難民高等弁務官事務所 UNHCR (The United Nations High Commissioner for Refugees) は難民救済の準備に入ったようだが、現地では流出する難民とパキスタン警官との小競り合いも起きているようだ。

10月24日: パキスタン軍は地上作戦で、TTPのハキムラ・メスードHakimullah Mehsud司令官(写真右)の地元の町コトカイkotkaiを制圧したと発表した。24日で作戦開始から1週間となり、軍報道官は「重要な前進」と指摘した。コトカイは右の地図のアフガンと北ワジリスタンに近い場所で、TTPを国境沿いまで追い詰めたと見ていいだろう。

10月28日:パキスタン北西部ペシャワールPeshawarの混雑する市場で自動車爆弾が爆発、今迄で最大規模の死者100名以上200名以上の負傷者が出た。首都イスラマバードに米国のヒラリークリントンHillary Clintonが来訪中で、警戒のきびしい首都に入れず、近郊を狙ったようだ。13日以来の南ワジリスタンの戦闘は231人のタリバンを殺害し、29人の政府側犠牲者、125000人以上の難民が発生している。同じ28日アフガンの首都カブールにある国連宿舎が襲撃されている。

11月2日:パキスタンの首都イスラマバード(Islamabad)近郊ラワルピンディ(Rawalpindi)の高級ホテル付近で2日、給与を受け取りに集まっていた市民らを狙ったオートバイによる自爆攻撃があり、少なくとも30人が死亡、45人が負傷した。国連(UN)は同日、同国北西部から海外スタッフを撤収させると発表した。自爆攻撃のあった現場は、10月10日に武装集団10人が24時間近く立てこもり23人が死亡する事件が起きたばかりのパキスタン軍総司令部や、高級ホテル「パールコンチネンタルホテル(Pearl Continental Hotel)」のそばだった。

11月13日:11月に入っても8,9,10日と自動車爆弾テロは止まず、ペシャワールとその近郊に集中している。13日はペシャワールに在るパキスタン国家情報局(ISI)の入る3階建てのビルが爆弾テロを受け10人死亡、60人以上が負傷し、これには300kg以上の火薬と砲弾が使用されたと言われ最近では最大級の爆弾テロ。警備の厳重なISIが攻撃されて意味は大きい。

先月10月だけでもすでに300人がTTPのテロの犠牲になり、この2年間では2400人が犠牲になっている。パキスタン政府は、TTPのリーダーHakimullah Mehsudと18人の幹部に対し対して生死を問わず5億円$5 millionの賞金を用意している。

11月19日:パキスタン北西部ペシャワルの裁判所前で自爆テロが発生し、19人が死亡、51人が負傷した。実行犯は警察官から身体検査を受けていた男で、パキスタン軍に反発する武装勢力組織「パキスタン・タリバン運動」(TTP)に関連しているとみられる。

関連ブログ:以前のパキスタン内の襲撃事件など 2009年11月アフガン政府兵員増強、民兵投入と日本との関係ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

タリバンの部族構成を書いたので、下にアフガン、パキスタンの部族構成の図を添付する。これを見ればソ連時代にイスラム教徒の多いウズベキスタンで宗教弾圧が起きた際に、抵抗組織の多くが同じ民族が住むアフガンに避難し、これを追撃したソ連とタリバン(パシュトン族、ウズベキ族)との紛争が起きたのが理解できる。更にパシュトン族が2国にまたがった民族なのも視覚的に理解できる。1996年以降にタリバンが全アフガンで優勢の頃、アフガンの多くのタジク族ハザラ族、そしてシーア派教徒が虐殺された事実が確認されている。タリバンを見るとき、宗教的、民族的両面から見る必要があるだろう。 関連ブログ:アフガン、パキスタン、インド紛争分布 これ以降の戦況は別なブログで

taliban swaraaj-Pashtun-ethnictributesinn

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