世界は変わりつつある、日本は変われるか?

2009092508513729 国連総会は2009年12月2日、本会議を開き、核廃絶に向けて核軍縮を訴える日本主導の決議案を、賛成171、反対2、棄権8で採択した。核軍縮決議の採択は16年連続。賛成は10月の委員会採択時より1票増えたが、総会採択時としては過去最多の賛成を集めた昨年よりも2票少なかった。 唯一の被爆国として決議採択を推し進めてきた日本にとって、今年の最大の成果は、米国が9年ぶりに賛成に転じたことだった。米国は初めて共同提案国にも加わり、過去最多の87カ国が名を連ねた。北朝鮮とインドが反対したが、反対も昨年より2カ国減った。 中国、フランス、パキスタン、イスラエルなどは棄権した。

たとえ建前であろうと、強制力が無かろうと、日本が主導して核軍縮決議をした意味は大きい。自民党の中には、戦術的な核なら持っても良いなどといったアホウもいたが、このことについては、日本政府が9月の麻生政権時代に「核の傘」の堅持を狙い、米議会が設置した「戦略態勢委員会」に代表を送り、核保有の推進を促す工作をしていたことが米国側からすっぱ抜かれている。

このときすでに登場していた核軍縮派のオバマ政権に不安を感じて行ったのだろうが、空気が読めないとはまさにこのことで、国内の空気もアメリカの空気も世界の空気も読めなかったことになる。日本政府のこんな陳腐な行動の原因は、何かにつけて他国からの脅威ばかり強調するマクロで考える事の出来ない防衛省幹部ではないのだろうか?

世界が核軍縮でまとまればまとまるほど核を保有する国は核を使えなくなる。使えば相手だけでなく世界を敵にまわす事になるからだ。自民党政権にはそれが理解できなかった。日本が堂々と世界に向けて核軍縮を言うまでに、戦後60年以上もかかったが、この立場から世界に向けて平和を唱え続けてほしいものだ。今年2009年は、池田、佐藤、、、麻生と続いた核武装論が日本から無くなった年になった。さて、問題はこれからで、より高度な外交政策が要求されるが、問題は人材だろう。写真は2009年9月24日の国連での鳩山首相。

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