ツタンカーメン王のDNA鑑定結果

025873_big 写真は、2007年、ツタンカーメン(Tutankhamun 紀元前1333~1324年)王のDNA鑑定の責任者を務めた、TVでおなじみのエジプト最高考古庁のザヒ・ハワス(Zahi Hawass)事務局長が、保存状態の悪い石棺に納められていたツタンカーメンのミイラを温度や湿度を調節できるガラスケースに移した際撮影された。(その下同:この玄室はピラミッド最深部)

2010年2月17日エジプト、イタリア、ドイツの研究者からなる研究チームにより2年にわたる調査結果が出たが、まず特筆すべきは、3300年前のミイラから、DNA採取できるのかということだったが、ミイラの中でも高位な人だけの特別な防腐処理のおかげで非常に良い状態で採取に成功すると言う偶然に助けられた。

tutan2 結果は、当時は珍しくない兄妹婚という近親結婚から生まれたのがツタンカーメンで、そのためか虚弱体質で(身長は当時の平均165cm)、左足の変形が骨組織の壊死による事から、相当な痛みがあり、墓から杖(100本ほどの木の棒で長い事使途が不明だった)が多数発見されたことからも、ツタンカーメン王は歩くのに杖が必要だったと考えられる。当時の王族には骨の先天的発達不全が多く見られ、これも歴代の近親婚が原因かもしれない。Tutuan1(左はCGによる復元想像写真)

マラリア原虫のDNAがツタンカーメンの体内から見つかり、発見されたマラリア原虫の種類は複数で、 ツタンカーメンは死ぬまでに何度もマラリアに感染したことが明らかになった。王は免疫不全の状態で、「おそらく落下により、突然足を骨折」したために命にかかわる状態となって、マラリアに感染し死亡したのだろうとの見解を示した。これで従来の事故死説、毒殺説は否定された。同じ墓から見つかっている胎児2体は王の実子で、母親の胎内で死亡していたと確認された。 以上の詳細は以下

最新のDNA調査、CTスキャンの結果、9歳で即位してから19歳で他界するまでのわずか10年間君臨したツタンカーメン王は重いマラリアと骨障害に苦しむ虚弱体質のファラオだったことがわかった。さらに近親婚でできた子供だったこともわかり、それが原因で「若く虚弱で、骨壊死症のために歩くのに杖を必要とし、ときにフライバーグ病(第2ケーラー病)の痛みに苦しみ、右足は欠指症で、左足は内反足だった」。

tomb_of_tutankhamen tomb-tutankhamen-luxor_~u11241524 王族のミイラ10体(16体とも)の調査が行われ、“異端hereticの王”アクエンアテンking Akhenaten((アメンホテップ4世:45~55歳で死亡と判明)が父親であることが確認された。また、これまでは「Old Lady(老婦人)」と呼ばれていたミイラはツタンカーメンの祖母にあたるアメンホテップ3世Amenhotep Ⅲの王妃ティイQueen Tiyeで、同じ場所に埋葬されていた「Younger Lady(若い方の女):名前不明」と呼ばれていたミイラがツタンカーメンの母親だと判明した。こうしてツタンカーメンの母親のミイラがついに特定され、DNA調査によれば彼女はアメンホテップ3世とティイの娘で、夫アクエンアテンとは同父母の“きょうだい”にあたる。(左上:石室全景)  下の3枚は、今回判明した、左から父親、母親(手前)、祖母のミイラ

13178215_11n

13178215_51n

PN2010021701001037.-.-.CI0003

2010年6月23日:独ベルンハルト・ノホト熱帯医学研究所(Bernhard Nocht Institute for Tropical Medicine)の
チームがこのほど放射線を使ってミイラの足を詳細に調べたところ、SCDの形跡が認められたという。王は、マラリアではなく、
遺伝性の血液疾患「鎌状赤血球症(SCD)」で死亡した可能性があるとの研究が米医学誌「米国医師会雑誌(Journal of the American Medical Association、JAMA)」オンライン版に発表された。SCDは最も一般的な遺伝性疾患の1つで、赤血球の一部が通常の球状ではなく鎌状になって血流が 阻害され、慢性痛や感染症、組織死をもたらすというもの。研究者らは、真の死因を究明するためにさらなるDNA鑑定を行う必要があるとしている。 

 

広告

2 Comments

  1. のび子
    Posted 2010年2月18日 at 12:12 AM | Permalink | 返信する

    これ見たよ!!!ニュースで見たよ!!!!すごい発見やんなぁ。。。すごいなぁ。。。すごいわ。。。

  2. よりばば
    Posted 2010年2月18日 at 1:17 AM | Permalink | 返信する

    美しい黄金に包まれていても、必ずしも幸せではなかったのですね。フライバーグ病(第2ケーラー病)って現代でも難しい病気らしいので、若いのに痛みに苦しみぬいた一生だったのですね。

コメントを投稿

Required fields are marked *

*
*

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。