愚かな西側の宗教観と宗教学者

Tahir-ul-Qadri_673558a パキスタンのイスラム教の著名学者が「ファトワFatwa」と呼ばれる宗教令を発して過激派によるテロ行為を厳しく批判。コーランに対し、どんな言い訳や口実、意義を唱えようと"without any excuses, any pretexts, or exceptions."「自爆テロを行った者は地獄に落ちる」との解釈を打ち出した。 ファトワを発したのはイスラム学者のムハンマド・タヒル・カドリMuhammad Tahir-ul-Qadri氏で、600ページにも及ぶ文書でテロ行為を糾弾するとともに、イスラムの教えを持ち出して暴力を正当化しようとする過激派を批判している。イスラム過激派のテロ行為をここまで包括的な理論で否定した宗教令が発表されるのは初という。  ファトワはイスラム学者によるイスラム教における勧告・布告・見解・裁断。法的拘束力はないとされているものの、イスラム諸国における裁判の判決などに強い影響を及ぼす上、agfgan1985asam国によっては法律よりも優先される場合もある。

  欧米のマスコミがこぞって記事にしているが、写真で見る限る随分高名な方のようだが、所詮は同じような理屈で地獄に落ちると相手を攻撃している。そこにはやはりカルト的(反社会的宗教)な匂いを感じるのは自分だけだろうか?600字だろうが100万字だろうが、そこには教義をこう解釈するべきだという原理主義的融通の無さしか見えてこない。過激派を非難する論文がイスラム内部から出たことで西側マスコミは飛びついているが、アジアから見ればそれも異常に見える。ひたすら万物に感謝し、現世ではひたすら徳を積めという単純な仏教的側面から見れば、教義に固執し、教義解釈をもって異論者を異教徒として断罪しようとする宗教観も狂っている。この紛争は、全てはキリスト教を唯一神とする西側の価値観の押し付けから始まった事で、今また、過激派を同じ宗教内の異端者として断罪する論説に西側は飛びついている。日本の中にも多様な宗教があるが、ここ100年を見ても、宗教に名を借りた犯罪は例外として、誰も宗教で血を流したりしていない。社会の底辺に寛容の精神があるからだ。異端者に対して「地獄に落ちる」と言うのもまた犯罪であろう。カナダで裕福な生活をし、ロンドンで演説する学者の言葉遊びで解決するほどイスラム圏の現実は単純では無い。対極に、何不自由の無い生活を捨て 、ロシアの脅威から米国と共に戦闘に身を投じ、その後の西側世界の腐敗や資本主義の支配を嫌って抵抗運動を組織したオサマ・ビン・ラディンがいるが、1998年2月にはユダヤ・十字軍に対する聖戦のための国際イスラム戦線を結成し、「ムスリムにはアメリカと同盟国の国民を殺害する義務がある」という、彼もまた過去にファトワFatwaに名を借りて布告を発令している。つまり、ファトワなどは、その時々に都合よく発令されているに過ぎない。写真左は米軍と共にソビエトと戦っていた当時のオサマ・ビン・ラディン)

今回のこの西側の報道では、まるでタリバンが西側文化だけに反発しているように見ているが、タリバンの中にはTTP(パキスタンタリバン)の様に、イスラム教支配者の内部腐敗を嫌い、教義解釈の違いから闘争に入った勢力もある。教義解釈の違いでイスラムを制しようとすれば火に油を注ぐ結果に成る恐れもあるだろう。  参考過去ブログ:タリバンの反米闘争

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One Comment

  1. よりばば
    Posted 2010年3月9日 at 2:43 AM | Permalink | 返信する

    「 ファトワなどは、その時々に都合よく発令されているに過ぎない 」 のでしょうが、各派・部族間の対抗意識が激しいイスラムの世界、風向きを考慮しない発言はしないのでは?と思いますが…。風向きは、アルカイダ弱体化?に…。 ご指摘の日本人との思想の違いを分かりやすく説明しているのに出会いました。・イラク戦争の中で殺害された戦場ジャーナリスト橋田信介の妻、橋田幸子氏が新宮市での講演で、アラブ人と日本人の思想の違いを説明している。これによると、イスラム社会の諺に『人の命は山よりも重く、羽根よりも軽い』という『愛する人を殺された悲しみは山より重く、あだ討ちのための自分の命は羽根より軽い』というものがあり、この思想が自爆テロを引き起こす根底として存在しているという。これは浄土宗の開祖・法然の『あだ討ちが美徳ならば憎しみの連鎖はいつまでも続き、何も生まれないと思う』という思想と正反対のものでもあるとしている。

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