アインシュタイン秘話

クリップボード01 相対性理論で知られるアインシュタイン博士(一八七九~一九五五年)が、一九二二年に一度だけ来日した際に出会った四歳の日本人少女について、「養女にしたい」と両親に申し入れていたことが分かった。両親の丁寧にお断りし実現はしなかった。写真は、東京都葛飾区の会社員渡辺峰道(みねみち)さん(60)が所有。少女は渡辺さんの母恭子(やすこ)さんで、九〇年に七十二歳で亡くなった。恭子さんの父知雄さんは元外務官僚で、当時はインド領事。欧州航路の「北野丸」(日本郵船)で英領セイロン(現スリランカ)から一家で帰国の途に就いた際、先にフランスから乗船して講演旅行で日本に向かっていた博士夫妻と知り合い、二十日ほど船上で過ごした。博士は恭子さんらとゲームなどを楽しんだという。知雄さんがデッキで撮ったとみられる写真には、博士のひざの上で恭子さんがほほ笑み、再婚した博士の妻エルザさん、恭子さんの母ていさんも一緒に写っている。戦後、静岡県で家庭を持った恭子さんがたんすにしまっていたが、死後は次男の峰道さんが保管していた。船上で4歳の恭子さんをひざに乗せるアインシュタイン博士(手前)、エルザ夫人(後方右)、恭子さんの母ていさん(同左)=渡辺峰道さん提供 *1922年10月8日フランスのマルセイユからこの船に乗船し、日本に向かう途中の11月10日に北野丸への電報でノーベル物理学賞を知らされる。日本に43日間滞在したため授賞式には出席できなかった。日本訪問はノーベル賞の祝賀となり、日本中が湧き上がった。2010年8月13日東京新聞より抜粋、加筆。

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2 Comments

  1. のび子
    Posted 2010年8月16日 at 3:03 AM | Permalink | 返信する

    へ~~~すごいね

  2. よりばば
    Posted 2010年8月17日 at 12:10 PM | Permalink | 返信する

    アインシュタイン博士がノーベル賞受賞者の中でも、日本で人気がある理由がわかりました。日本訪問がノーベル賞受賞と重なり、日本中が湧き上がったという、過去があったんですね。又、写真から、当時の上流社会の様子が伺われます。大正末期で、まだ和服が日常の時代に、モダンな服装ですね。

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